贈りものを二つ買って、
片方を自分に置く
植物を贈るとき、同じものをもう一つ買うようになった。 ひとつは相手へ、もうひとつは自分の部屋の棚へ。 離れた場所で同じ植物が育っていると、贈ったあとの時間まで、少しだけ分け合える気がする。

はじめは、たまたまだった。 引っ越した友人に贈る一鉢を選んでいて、どちらにしようか迷ううちに、自分も同じものが欲しくなった。 注文の画面で少し考えて、数を二にした。 その日から、贈りものを選ぶたびに、もう一つを自分に置くかどうかを考えるようになった。
聞かれたときに、自分の鉢を見て答えられる
植物を贈ると、しばらくしてから連絡が来ることがある。 葉の先が少し茶色くなった、水はどこまで入れればいいのか、根が伸びてきたけれど大丈夫か。 そういうとき、手元に同じものがあると、棚まで行って自分の鉢を覗けばいい。 同じ日に迎えた同じ植物なら、うちの子もそのくらい、と言える。 図鑑の言葉で答えるより、そのほうがずっと相手を安心させる。 贈ったあと、育っているか聞いていいものかと迷っていた頃より、 話しかけるきっかけが自然に増えた。
おそろいだと、言うか言わないか
二つ買ったことを、毎回伝えているわけではない。 おそろいという言葉は、受け取る側によっては、少し重く聞こえることがある。 親しい友人には、実は自分も同じものを置いているんだ、と一言添える。 そうでない相手には、何も言わずに渡して、自分だけが知っている。 どちらでもいいのだと思う。 大事なのは、相手の部屋にある鉢が、こちらの部屋でも同じように水を吸っているということで、 それを相手が知っているかどうかは、あとから決めてもいい。
同じ日に迎えても、同じには育たない
二つの鉢は、半年もすると見た目が変わってくる。 友人の家は南向きの窓辺で、蔓がよく伸びていた。 こちらは本棚の中段で、伸びは控えめなかわりに、葉の色が深い。 写真を送り合って、ずいぶん違うね、と笑った。 自分へのごほうびに一鉢を選ぶときとは少し違って、 自分の鉢は、相手の部屋を想像するための、小さな窓のような役目をしている。
贈りものを、手放したあとも少しだけ一緒に育てる。
水を足すたびに、向こうの鉢もそろそろかな、と思う。 連絡はしない日のほうが多い。 それでも棚の上の緑を見るたびに、贈った日のことを、ひとつ思い出している。
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