剪定バサミを持つ手が、
少し慣れてきた頃
剪定バサミを手に取るときの緊張は、数回使ううちに薄れていく。 ためらいながら切った最初の一枚と、迷わず切れるようになった今とでは、 植物との距離そのものが変わっている。

届いたばかりの頃、剪定バサミは引き出しの奥にしまったままでした。 伸びすぎた葉を見ても、切っていいものかどうか分からない。 間違えたら取り返しがつかない気がして、指が動かなかったのを覚えています。
けれど、黄色くなった葉を一枚だけ切ってみた日から、少しずつ変わりました。 案外、植物は何も変わらない顔をしている。むしろ全体がすっきりと軽くなる。 そのことに気づいてから、バサミを持つ手の力みが取れていきました。
最初の一枚は、なかなか切れなかった
はじめて剪定バサミを構えたとき、刃先をどこに合わせるかで何分も迷いました。 葉の付け根なのか、少し上なのか。切る場所ひとつで見た目が変わってしまう気がして、 結局その日は何も切らずに終えることも多かったです。
根が容器いっぱいになったときと同じで、 正解を探すより先に、まず一度やってみる方が早いと分かるまでに時間がかかりました。 一枚切ってみれば、次の一枚はもう迷いません。
慣れてきたのは、手より先に「見る目」だった
数週間続けるうちに変わったのは、手の動きよりも先に、葉を見る目でした。 しおれかけた葉、色が抜けてきた葉、伸びて形を崩している茎。 以前は気づかなかった小さな違和感に、自然と目が留まるようになります。
葉を拭くという習慣と同じで、 剪定も特別な作業というより、植物を見ている時間の延長にあるものでした。 見る目が育ってから、手はあとからついてきます。
剪定バサミに慣れるということは、道具に慣れるのではなく、植物の変化に慣れるということだった。
剪定バサミを持つ手がまだぎこちなくても、焦る必要はありません。 一枚切ってみること、その先にしか見えてこない感覚があります。
Lamasiaの植物は、育てながら少しずつ手に馴染んでいく大きさでお届けしています。
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