階段の踊り場に、
ひとつだけ置くということ

踊り場は、家の中でいちばん「通り過ぎるだけ」の場所かもしれません。 小さな窓から入るやわらかい光と、一日に何度も往復する足。 そこに、土を使わない水耕仕立ての鉢を、ひとつだけ置いてみる。

レースのカーテン越しの光を受けて、木のスツールに置かれた袋入りの水耕仕立てのポトス

階段の途中にある、あの小さな平らな場所。 立ち止まる理由がないので、何年住んでいても、何も置かれていないことが多い。 朝はそこを下りて、夜はそこを上がる。 家の中で、いちばん往復している場所なのに、いちばん何も見ていない場所でもあります。

メゾネットの部屋に越してきたとき、踊り場の小窓から、 午後だけ白い光が入ることに気づきました。 その光の落ちる窓台に、ひとつだけ。 そう決めて置いたのが、水耕仕立てのポトスでした。

通り過ぎる場所が、半歩だけ止まる場所になる

置いた翌朝から、階段を下りる足が、踊り場で半歩だけ遅くなりました。 立ち止まるわけではない。ただ、目が先に窓台へ行って、 葉が昨日と同じ向きかどうかを確かめてから、また下りる。 玄関を出るとき、植物に目をやる数秒と、よく似た時間です。

踊り場は、リビングのように人が集まる場所ではないし、 寝室のように長くいる場所でもない。 どの部屋にも属していないから、そこに置かれた一鉢は、 かえって家全体のものになる。 二階から下りてくる家族も、一階から上がる自分も、同じ葉を見て通る。

小窓の光は、水耕の鉢にはちょうどいい

踊り場の窓は、たいてい小さく、北向きだったり、すりガラスだったりします。 植物には暗すぎるのではと思いがちですが、 水耕栽培の植物に、日当たりはどれくらい必要かでも書いたとおり、直射日光はいりません。 レースのカーテン越しくらいのやわらかい光が、日中数時間入れば十分。 むしろ強い西日が長く当たる窓辺のほうが、器の中の水が傷みやすい。

うちの踊り場は、午後の二時間ほどだけ明るくなります。 そのあいだに葉が少し窓のほうを向き、夕方には光が引いて、葉の色が深く見える。 一日の中で、光の移り変わりがいちばん分かりやすい場所が、 じつは踊り場だったのだと、置いてみてから知りました。 もし葉の色が薄くなってきたら、昼間だけ明るい部屋へ移す。 そのくらいの行き来で、ちょうどよく続いています。

ひとつだけ、という選び方

踊り場は狭く、段差があって、人がすれ違う場所です。 小物を並べて飾る棚とは違う。 だから、ひとつだけ。ひとつだけだからこそ、目に入ります。

置くのは段の端ではなく、窓台の奥か壁側。 器は背が低く、底の広い安定したものを選びます。 土を使わない水耕仕立ては、ここで気持ちが軽い。 万一ぶつかって倒れても、階段に土が散らばることはなく、 こぼれた水を拭けばそれで済む。 ハイドロボールが器の底で根を支えているだけなので、 階段に置くという少しの不安が、ほとんどなくなります。

水を替える日は、器ごと持って一階へ下りる。 洗面所で水を替えて、また踊り場へ上がる。 その往復が面倒にならないように、片手で持てる大きさにしてあります。 一、二週間に一度の、小さな上り下り。 それもまた、この家の暮らしのひとつになりました。

踊り場の一鉢は、どの部屋のものでもないから、家じゅうのものになる。

階段のある家に住んでいて、踊り場に何も置いていないなら。 小窓の光が落ちる場所に、小さな鉢をひとつ。 通り過ぎるだけだった場所が、半歩だけ、立ち止まる場所になります。

Lamasiaの植物は、片手で持てる大きさの水耕仕立てでお届けしています。

Lamasiaの植物を見る