水だけで育つのが不思議だった、
はじめの頃
土がないのに、植物はちゃんと育つ。頭では分かっていても、 迎えたばかりの頃はその不思議さのほうが先に立っていた。 数週間経つ頃には、その不思議は静かな納得に変わっていた。

水だけで育つ、と聞いたときは、正直なところ半分も信じていなかった。 土という土台がなくて、植物が本当に元気に育つものだろうか。 届いた鉢を透明な容器越しに眺めながら、しばらくはその疑いのほうが強かった。
「水だけ」という言葉が、頭から離れなかった週
最初の一週間は、とにかく容器の中を覗く回数が多かった。 根がちゃんと水を吸っているのか、水が濁っていないか、 気になって仕方がなかったのを覚えている。 土なら見えない部分だからこそ、逆に見えることで安心よりも先に落ち着かなさが勝っていた。
水耕栽培ではじめる、観葉植物のある暮らしで読んでいた仕組みを、 頭では理解していたつもりだった。けれど実際に自分の部屋で向き合うと、知識と実感はまだ別のものだった。
根が伸びる姿を見て、納得が追いついてきた
変化が見えはじめたのは、二週間目に入ったあたりだった。 白い根が少しずつ伸びて、容器の底のほうまで届くようになった。 水の中でも根はちゃんと呼吸をして、必要なものを取り込んでいるのだと、 言葉ではなく目で理解できた瞬間だった。
土を使わないという選択を、してみて分かったことにも書いたけれど、 見えることは不安の種であると同時に、いちばんの安心材料にもなる。
不思議さは消えたのではなく、楽しみに変わった
一ヶ月ほど経った今は、「水だけで育つのが不思議」という気持ちは薄れて、 代わりに水位や根の伸び方を眺めるのが日課になった。 分からなかったことが分かるようになる過程そのものが、この仕立てのおもしろさだったのかもしれない。
はじめから答えを知っている必要はない。 戸惑いながら覗き込んだ数週間があったからこそ、いまの何気ない毎日が続いている気がしている。
不思議さは、育てているうちに消えるものではなく、静かな理解に変わっていくものだった。
水だけで育つという仕立ては、特別な知識を求めるものではなかった。 むしろ、分からないまま始めてみることを、そっと許してくれるものだった。
Lamasiaの植物は、すべて水耕仕立てでお届けしています。
Lamasiaの植物を見る