退職する人に、
植物を贈るという選択

最終出社の日は、思っているより荷物が多い。 渡すものを選ぶとき、その日のことだけでなく、持って帰る道のりまで考えるようになった。 片手で持てる大きさの、小さな一鉢にしている。

片手で持てる大きさの、水耕仕立てのモンステラ アダンソニー

最後の日に何を渡すか、前の週から考えていた。 長く一緒に働いた人で、それなりのものを渡したい気持ちがあった。 けれど当日の夕方、その人の席のまわりを見て、考えを変えた。 紙袋が二つ、書類の束、返却する備品。抱えるものが、すでに多かった。

その日の両手のことを、先に考える

送別の場で渡されるものは、たいてい、その人が電車で持ち帰る。 花束は綺麗だけれど、丈のあるものは片手がふさがったまま改札を抜けることになる。 水の入った袋を下げていれば、途中でどこかに置くこともできない。 それで、片手で持てる大きさに収めることにした。 手のひらから両手に収まるくらいまでが、渡す側の遠慮のちょうどいい範囲だと思っている。 相手の部屋を知らないまま植物を選ぶときと同じで、 分からないことは小さくしておくほうが、相手に選択の余地が残る。

渡したあとに、時間があるということ

退職の日は、その人にとっては区切りだけれど、区切りの向こう側のほうが長い。 次の職場に移る人も、しばらく休む人も、朝の過ごしかたが変わる。 花束は数日から一週間ほどで役目を終えるが、植物はそのあとの生活の中に残る。 残るものを渡すなら、手のかからない仕立てのほうがいい。 生活のリズムが変わっている時期に、こまめな世話を前提にしたものを渡すのは、たぶん親切ではない。 開業祝いや卒業祝いに植物を選ぶときにも、同じことを考える。 節目に渡すものは、渡した日より、そのあとの日々のほうに向いている。

言葉は、短くしておく

添える言葉も、長く書きすぎないようにした。 「お元気で」の一行と、自分の名前だけ。 送別の場では、その人は何人もから声をかけられていて、読む余裕がない。 家に帰って、荷物を床に置いて、ようやくカードを開くことになる。 そのとき短い一行のほうが、たぶん、ちょうどいい。

渡す日のことより、持って帰る道のりのことを考えるようになった。

後日、その人から写真が届いた。 新しい部屋の、窓に近い棚の上に置かれていた。 どこに置いたかを知らせてくれる、という形の返事があるのだと、そのとき知った。

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